この時代だからこそ「物理的距離を超える音楽体験」を可能にしたい

『コロナに思う』 指揮者・西本智実さんインタビュー(1)

日経ビジネス人文庫『コロナに思う』で、コロナ禍から新しい秩序が始まる可能性について語ってくださった、世界で活躍する指揮者・西本智実さん。

同書では、ちょうど、多くの人が未知の感染症への不安に立ちすくんでいた2020年5月に「地球人として私たちの役割と可能性を今一度、考えていく瞬間なんだと思っています」という力強いお言葉を残されているのが印象的でした。

そんな西本さんは現在、「時代の変革期だからこそ、音や音楽を使ったテクノロジーで希望が広がる社会にしたい」と、新たな音楽の可能性を切り拓く研究に取り組まれています。

コロナ禍では避けられない「距離の制約」を超越する音空間を創り出すという大きな挑戦ですが、その原体験には、2013年より毎年バチカン国際音楽祭から招聘されサンピエトロ大聖堂でのミサの指揮、そしてサンパオロ大聖堂での国際音楽祭の指揮という稀有な経験があります。

「音楽と科学の融合」を考えるきっかけとなったその大きな体験について、そしてこの2021年秋にヤマハ音響技術とともに開催予定の、空間音響を瞬時に変化させるという世界初のクラシックコンサートについて語っていただきました。 

サンピエトロ大聖堂で体感した「中世のテクノロジー」

サンピエトロ大聖堂ミサ

サンピエトロ大聖堂ミサ

「演奏中、ミケランジェロ設計の120メートルを超えるクーポラ(天井の半球形ドーム)から、演奏の響きが時差を伴いながら、天から音楽が降り注いできました。500名を超える演奏者も私も、音が乱反射する中での響きに、自分の軸を見失うカオスがありました。何がきっかっけだったのかそのうち新しい耳で自分たちの発した音を聴き始め、その後はサンピエトロ大聖堂と共鳴し神秘的な音楽世界に没入していきました。

その感動の感覚は身体の中に残り、翌年の演奏時には、『そう!この感覚』という瞬間がありましたが、同じ感覚が持続することはありません。光、匂いや湿温度も身体の記憶に残っているからです。

お香が焚かれミサが進んでいくと、いつの間にかステンドグラスから差し込んでいた光よりも、ロウソクの灯りが煌々と輝きを増し、大聖堂の装飾意匠を浮き立たせていきました。

サンピエトロ大聖堂にはギリシャ語がこんなにたくさん刻まれている事も知り、様々な“気づき”がありました。

音楽と科学は接点のない両極な存在と思われがちですが、遡れば古代ギリシャのピタゴラス学派にたどり着きます。創作の際には、過去の作品を分析し長い歴史をたどります。宗教、民族、言語、哲学、産業など文化的背景を内包します。

サンピエトロ大聖堂で演奏する中で感じられた音の直接性・瞬間性・偏在性は、神的な属性を利用可能にした中世のテクノロジーを体感したようで、いつしか私はバチカンの大聖堂の中に『宇宙』を感じるようになりました」

サンパオロ大聖堂

サンパオロ大聖堂

音響技術で、異なる空間を旅するコンサート

「ある日、佐久間良子さんが白神山地のブナの原生林を歩いた時のお話しをして下さいました。
“雪解けのせせらぎ、ブナに耳をあてると生命の音がして、山が音楽を奏でているようだった”
その森へ行った事のない私は、佐久間さんの声を通じてブナの森の世界を想像しました。
そして、何故だかドビュッシーの『夢想』が私の頭に流れ始めました。
ドビュッシーの作曲テクノロジーが、私のこころの自然に溶け合った瞬間でした」

「今回のコンサートでは、大ホールでイルミナートフィル、小ホールではイルミナート合唱団が同時演奏します。そしてそれぞれの音空間を繋ぐことで、鑑賞者はオーケストラと合唱が一体となった演奏を楽しむ事ができます。

またその空間に四季の音を織り交ぜながら、『鳥がさえずる森を散歩しているような』『大聖堂のクーポラを見上げているような』『水琴窟の空洞の中にいるような』異なる空間へ、座席に居ながらにして瞬時に旅するかのような演出も準備しております。

佐久間良子さん作詩・朗読『ブナの森の物語』では、遠い記憶の中に大切にしまってあるこころの風景がよみがえってくるように、そして全体を通して皆さんそれぞれの「こころの旅」ができるコンサートにしたいと考えております」

誰もが物理的制約を超えられるような音楽体験を

「いつの日か、誰もが自由に自然の中を散歩できたり、音や音楽空間の中に入りこめたり、さらに物理的制約を超越して『地球と宇宙空間でインタラクティブな音楽体験』を可能にしたい」

そんなふうに展望を語る西本さん。  

日経ビジネス人文庫『コロナに思う』でも、「新しい一歩を踏み出すときは非常に勇気のいることです。しかし、もう以前に戻ることはできない」と語ってくださったとおり、従来型のコンサートの開催が難しくなったこの1年半の日々を契機として、勇気ある一歩を踏み出されたことが分かります。   

新たな音楽展開の構想についてさらに深くお聞きしたいと思います。(続く)

公演情報はこちら

西本智実芸術監督・指揮「マリナートが森になる」

日時:2021年10月8日(金)
18:00開演/17:00開場/17:15プレトーク
(ヤマハ株式会社 大木大夢)
会場:静岡市清水文化会館マリナート大ホール
芸術監督・指揮:西本智実
作詩・朗読:佐久間良子
管弦楽:イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
合唱:イルミナート合唱団
西本智実公式ホームページ:https://www.tomomi-n.com/
イルミナート公式Twitter:https://twitter.com/IlluminArtPhil

西本智実芸術監督・指揮「マリナートが森になる」

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